大山車まつり日記

第45回 本町通~玉屋町2 唐子車から唐子車

21.02.16追加

(N)

タイトルの文字数の関係で省略したが「唐子車から唐子車」は「中村区内屋敷唐子車から緑区相原町唐子車」である。

次々と通りすぎていく山車を見ていて、一つだけ残念だったのが屋根を上げた山車がほとんど無かったこと。
名古屋型の美しさは細身の四本柱で屋根を最上段に上げたプロポーションに尽きると常々思っていたが、それは叶わなかった。

本町通は電線が地中化してあるから山車の屋根をいくら上げようと問題はないと思っていたのだが、実はそうではなかったのだ。

※1928年(昭和3年)本町通の拡張と同時に舗装工事と架空線の地中化も行われ現在にいたる

信号機が!道路標識が!さらには街路樹がある。
これらの障害物を避けるには反対車線にはみ出さないとクリアできないところもあるが、それだと対向車を止めねばならない。
それ故少々不細工ではあるが、屋根を下げて曳かざるを得なかったのだろう。

それでも・・・
敢えて云うなら本町通の一部分は屋根を上げて曳くことはできる。
障害のある箇所だけ屋根を下げたら済むことだし、曳行中でも屋根の昇降ができるよう改造されているのだから(中村区や緑区の山車を除く)
部外者だから言えることかもしれないが、手間暇を惜しんで美意識に目をつぶってしまうのは寂しく思う。

以下の写真は袋町通を通過する中村唐子車から鳴海唐子車までの写真である。

時間にして0時10分からの約10分。撮影はすべてnova。
この鳴海唐子車以降も有松布袋車、同唐子車、同神宮皇后車と続くが、この時点で先頭の福禄寿車は魚ノ棚筋を過ぎようとする頃。
このまま玉屋町に居続けると東照宮の答礼に間に合わない恐れがある。
後述するが東照宮の答礼はこの大山車まつりで重要な行事となっている(と私は思う)。
申し訳ないが残り3輛を残して北へ向かうこととする。

□写真集~本町通~玉屋町2

12:11 中村区唐子車(N)
この日のために大幕新調
12:13 二福神車(N)
波に千鳥の浴衣です
二福神車 (N)
12:15 紅葉狩車 (N)
紅葉狩車 (N)
前方(北側)の様子 (N)
桜通の信号待ちだろうか、渋滞?してきた
12:19 少し遅れて神皇車

この青い幕が遠目に目立ち前9輛と後の緑区4輛の境目がよくわかった(N)

神皇車 (N)
12:21 緑区相原町唐子車(N)
唐子車 (N)